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日々常套句

2003年からホソボソと「退屈に関する思索」を亀の歩みで行う退屈研究ブログ(自称)です

なんだかまずいよなぁ、昨今の世の中は


最近ネタを拡げすぎてしまって、本来のこのブログの主題だった「退屈論」を「ごにょごにょ」と考えることが「おざなり」になってしまっているなぁ、と少し反省していたりする。もう少し、自分にとって考えるべき重要な事項を絞った方がいいのかもしれん、だすなぁ。

しかし、最近、再びながら強く思うのは「テレビのニュース」は見るべきでない、いやむしろ「ニュースについては、基本的に一定の時間間隔を経て逆算的に参照するべき」ということだ。

湾岸戦争のオイル塗れの水鳥は実は米軍誤爆が原因*1」や「ルーマニア革命の契機となったティミショアラ虐殺は実際にはなかった*2」みたいなプロパガンダ問題には、90年代前半から当方は非常に危機感を持って接してきたのだけど、最近のイラクでの人質事件(日本人に限らず)の映像やアルカイダの声明映像とかが特に顕著なんだけど、「退屈と空虚」の世界に生きる人々にとっては、格好の「自己空虚隠蔽装置」として作用し、仕掛ける側も充分それを意図しているのが明白なように思う。このまま、無脊椎動物のように刺激に反射的に反応しているだけで、腰を据えて物事を考えることができない人々が増えたら、オルダス・ハクスレーの逆ユートピア小説「すばらしい新世界」のような状況に簡単に転がってしまう、のは明白だよなぁ。まじめな話、週に1日は必ず全ての情報を遮断して、自分の内側の世界と対峙して、言葉にならない不分明なものときちんと格闘しないとヤバイ、本当にヤバイ。

どうせ、ブッシュが再選するだろうし、そうなると世界情勢がますます「単純な論理」のゼロサムでパワーゲームな「テレビショー」として無定見に拡散的に消費されるだけになるだろうから、本当にマズイなぁ、と思う昨今なのであった。


すばらしい新世界 (講談社文庫)

すばらしい新世界 (講談社文庫)

 

*1:当初は「フセイン政権が油田を爆破>環境テロを行った」という主旨の扇動が米国政府よりなされていた、のだ

*2:実質的な政権内部のクーデターであり、クーデターを起こした側が仕掛けた虐殺の噂に憤った市民がまんまと利用されただけ、と事後的に公表された資料より当方は分析している。天安門事件も、事後的に明らかになった情報から、結局ながら首謀者の北京大生の売名行為と周辺の大学生の経済的な不満に体のいい大義名分を被せただけのもので、到底民主化運動とは言い難い実態であったようだし、いやむしろ訒小平が築いた現実路線を妨げて状況を後退させただけだし。速報性って「諸刃の剣」だなぁと本当に思う