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日々常套句

2003年からホソボソと「退屈に関する思索」を亀の歩みで行う退屈研究ブログ(自称)です

新譜100枚聴き倒れ〜第68回 aeromodeller の巻


AEROMODELLER / FIRST FLIGHT

という訳で、世界中の、様々な時代の、様々なジャンルの膨大なデジタル音源に、いつでもどこでも接触可能な状況(iPod touchとかiPhone等のネットワーク接続型:携帯音楽再生機器や、音楽配信サイト、My SpaceLast.fm等のネット上の音楽ストレージの存在)がイマ目の前に具現化している。しかし、増えすぎた情報はノイズの塊(情報爆発)と化し、人々は80年代型消費社会で謳歌していた「情報選択の自由」を放棄し、レコメンデーション技術による情報フィルタリングや、クチコミ等の間接体験(情報)への依存による失敗の回避(失敗の体験がないので、本当の審美眼が養われない)へと逃げ込んでいる、のではないか。そうした潮流への無意識下のフラストレーションなのか(分断された蛸壺から這い出すための「共感のヨリシロ」を手軽に見つけ、見晴らしの良い場所に立ちたい、からなのか)、昨今のPerfume人気的な「ワカリヤスイ」&「スコシサブカル」な記号のシタタカな戯れに、ノセラレたフリをしつつ、「メタのメタの入れ子」をポーズとして気取り/装いつつ、実際はベタベタにワラワラと流れ込んでゆくような、珍妙な現象が発生している(純粋にアイドルとして聴いているファンは除く)。

そんな薄気味悪い現象を横目で眺めつつ、ポストパンクポップ残党のボクは思う「アンタら気持ち悪いよ、って」。こうして果てなく続くメタのポジション取りの果てには何も残らないことを自覚しつつも・・・

昭和の匂いのする「オッサンの愚痴」的な、著しい脱線をしてしまったけど、「情報爆発」と「情報選択の放棄」が蝕む昨今の音楽シーンにおいて、ボクは実はこの旧姓ネオア子(現:ギタポ)のインディシーンの在り様に仄かな期待をしている。志しの高い、編集性の高い個人商店的なレーベルと、それらを発見し、リスナーとを繋ぐハブであるこれまた個人商店的なレコ屋があること。それが、この音楽における変わらない在り様であるのだから。そういう意味では、ギタポには「音そのもの」にもはや「目新しさ」はあまり存在しないのだけど、「生み出された音が、人々のアイダを繋いでゆく」ことで、ネオアコが有していた「脳みそマッスル野郎ども、バーカバーカ」ってな塩梅の「ヒネクレタ」志しや想いを伝搬する触媒として、ギタポはネオア子の魂の正当な後継者なんだろうなぁ、と強く思うのでありました。

そして、00年代において「上述のようなレーベルや人を繋ぐハブ」であり続けた「APPLE CRUMBLE RECORD」に感謝の意を込めて、お疲れさまとこれからも宜しくお願いします、と書き綴ることにします(明日でリアルの店舗を閉店し、ネットショップ専門になるとのことで残念ですが、続けて行くことの方が、きっと&もっと大変だけど大事なこと、なんだと思いますので、これからも応援しております)。