日々常套句

2003年からホソボソと「退屈に関する思索」を亀の歩みで行う退屈研究ブログ(自称)です

演奏技術はコレ以上「進化」しない、のか?

ここ暫く急に「テクニカルギター・ネタ」を連発したのは、最近の脱ラップトップ&人力演奏回帰な流れを無意識したから。なんというか、90年代初頭の「バケッドヘッド」を最後に、テクニカルギターは人力の限界にぶち当たり停滞してしまったような印象がある。ちなみに、下記映像を見れば、「バケッドヘッド」がいかに80年代テクニカルギターの技の集合/集大成的な存在であるかがよくわかる(1'18"からのタッピング連続技とか、最後のスウィープ+タッピングの複合技とか凄すぎる)。

で、90年代中盤以降のギター奏法はデジタルエフェクターの進化に伴って「テクスチャーとか音の強度」の方に向かっていき、現在に至っているような気がする(その辺りの端緒が、メタリカの91年同名アルバムの脱速度>重厚さへの傾倒や、モグワイ辺りのホワイトアウト系轟音なのかなぁ、とか)。

でも00年代も終わろうとしている今、「テクスチャーとか音の強度」の方もそろそろ、ネタ切れしてきているようで、飽和状態にあるような気がしている。そして、新譜を漁っていると、なんとなく「バカテク」が徐々に復興してきているような無意識的な印象がある、のでした。でも、ギター雑誌の表紙とかみると、相変わらず80年代テクニシャンばかりで、次世代かつ異種の才能が脚光を浴びていないような気がする(すんません、最近のヤングギターとか、中身まで読んでないのでよくわかりません・・・)

となると、やっぱり「バケッドヘッド」辺りが人力の限界なのかなぁ。むぅ、100m短距離走の世界記録が更新され続けるように、ギター速弾き*1も記録に挑戦し続けて欲しい。挑戦の過程できっと新しい奏法が編み出されることだろうにとか「残念な気分」があったので、市井のオッサンとして呟いてみた、のでした…

*1:インパクト大な「落差のある音階」をたくさん詰め込む過程で、ブロークンコードやタッピングが突然変異的に現れたのだと、思うのだ。あ、でもブロークンコードは、パガニーニのヴァイオリンのフレーズをギターで弾くために編み出された、んだっけか?