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日々常套句

2003年からホソボソと「退屈に関する思索」を亀の歩みで行う退屈研究ブログ(自称)です

退屈について考えるために(今日の読書)

  1. 「欲望と資本主義〜終わりなき拡張の論理」 著:佐伯啓思 講談社現代新書 (1993)
  2. 「魔女とカルトのドイツ史」 著:浜本隆志 講談社現代新書 (2004)

退屈を感じる=何かにココロを奪われる、もしくは何かに没入する状態に無いことへのストレス・不安(一時的/恒常的)というココロの動きが、なんとなく「自明性の喪失」とは別の視点で存在論的なテーマを提示しているように感じ(まだ未消化だが・・・)、退屈についてつらつらと考え始めて数ヶ月。
ゴール無き欲望のシステムの中で絶えず潜在的な欲望が発見・刺激=消費されることで成立する現代の資本主義文明について考えることと、人々が何故に「カルト」的=没我的な集団に囚われる(帰依する)のかについて考えることで、退屈についての思索に「新たな視点」が見出せそうな気がして上記の2冊の書物を読む。
で、双方の書物を読んで気付くこととしては、80年代末の時点で既に「欲しい物がなにもない」といった飽和状況を迎えつつも、依然として次々に欲望が発見され人々がその欲望に没入(消費)してゆくその「循環」に終わりが見えないことと、混乱の時代に顕著な「偽りの古き良き時代の郷愁」や「選ばれしものへの帰属意識」に人々が安直に帰依(救済されてしまう)してしまうこととには、何か共通の問題が横たわっているように思える (もう少しじっくり考えないとうまく表現できないのだがひとまず備忘録として)・・・