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日々常套句

2003年からホソボソと「退屈に関する思索」を亀の歩みで行う退屈研究ブログ(自称)です

渋谷系って実は「外圧」の所産だったり、するのかもね


解説すると、ちょっと前まで1985年の 「プラザ合意」 を振り返るって感じの経済記事がポツポツあったのと、当方の中での 「1991年再考ムーブメント勃興」 が化学反応を起こして出てきたのが、上記の煽り文句なのです。ちなみに、プラザ合意*1ってのは、80年代前半に、主に日本から米国への輸出超過により生じた米国の「貿易赤字」 を 「ドル安+円高」 により是正すべく、西側主要国の通貨当局が為替市場に協調介入を行ったことを指す。この結果、円は200円台から段階的に100円台前半で定着するようになり、円の価値は対ドル比で約2倍になったのである。


それと平行して、日本の市場が閉鎖的であるとして、市場開放を求める強硬な圧力が米国からかかり始める*2。この流れは、当初は半導体等の特定産業分野が争点であったが、89年には日本の流通や商慣行を含む包括的な規制緩和>市場開放に関する圧力として 「日米構造協議」 が始まるに至る(日米構造協議の帰結の代表例としては 「大店法改正」 があげられる)。

そして、円高と市場開放圧力(規制緩和)、さらには円高に伴う輸出産業ダメージ回避策としての 低金利政策(=要は貯金すんな、内需拡大のため金使えってこと)の相乗効果により、87年頃から海外高級ブランドブームやDCブランドブームに代表的なように、一般消費者の間で輸入/消費が加速度的かつ過剰に侵行してゆくことになり*3、パルコ/WAVE等の高感度ショップの戦略となる「編集的な消費者像=創費者」の形成、挙句には広告批評 1988/11月号 「特集:引き算文化はいかが」 にあるような 「ほしいものがほしい」 という末期的なコピーを現出させることになる*4


時代を超越する(古いモノから最新のモノまでが等しく手軽に入手できる)、距離を超越する(世界各国のモノが等しく手軽に入手できる)、この時間・空間を超えて並列化された 「高度消費社会」 を独自の編集センスでリミックスすることで、「個の創出」 を見出す渋谷系という 「ライフスタイル」 のプロトタイプであったフリッパーズの二人とその作品*5は、実はこうした時代状況の当然の帰結だったのでは、ないだろうか。そして、そうした「渋谷系」的な存在様態の「お膳立て」をした契機が、実はプラザ合意や日米構造協議のような 「外圧」 であった、と考えることはなんら不自然なことではないように思える。そして、こうして俯瞰的に考えると、何だか今の自分の在り様(編集的消費者?)に対して、なんだか本能的に 「居心地悪い」 ものを、感じてしまう・・・


ところで、その後のフリッパーズについてですが、「バブル崩壊」 の兆しが見え始める91年末に 「解散」 という形でひとまず終焉を迎え、そして 「バブル崩壊」 が完全に露呈する93年に各々がソロとして活動を開始しているという事実は、こうした歴史の流れと象徴的にシンクロしていてるように見えて、何だか面白いな、と単純に思う。


【上記に関連する過去エントリ】

・[ennui] 80年代と退屈  http://d.hatena.ne.jp/cliche/20031207#p1
・[denial] 「海外盤CD輸入禁止」問題〜その2  http://d.hatena.ne.jp/cliche/20040424#p1
・[music] その弐:渋谷系とはなんだったのか  http://d.hatena.ne.jp/cliche/20050219#p2
・[denial] 渋谷パルコと1991年大店法改正  http://d.hatena.ne.jp/cliche/20050406#p1
 

*1:参考 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E5%90%88%E6%84%8F

*2:参考 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/keizai/nenpyo.html

*3:この部分あとで通商白書等で定量データ調べます

*4:あと、80年代前半の女子大生ブームと85年の男女雇用機会均等法による女性総合職の登場という流れも、確実にこの流れに関係あると思う

*5:特に「ヘッド博士の世界塔」は、まさしく時間・空間を超えて並列化された情報を、高度に編集し尽くした典型的なプロトタイプ