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日々常套句

2003年からホソボソと「退屈に関する思索」を亀の歩みで行う退屈研究ブログ(自称)です

メタ・カジヒデキを自己再現するカジくんは、ベタなのかメタなのか

あのクネクネで糞恥ずかしい「根岸ソング」を、あのカジ君が作詞/作曲&歌うとは、正直クソ予想外の展開でした(ロボショップ何某とかテトラプル何某などの三流芸人がやるのかと思ったら、あっさり御本尊が登場なさるとは)。ということで、あいちゅーんのお店で速攻「甘い恋人」をダウンロード購入、前のめりでツンノメリ気味に再生ボタンをクリックした瞬間に流れたイントロで、正直「瞬刹」されました。

いやホントに、コチラの本人インタビューにもありますが、カジ君のポップセンスがギューっと詰め込まれた最高の「イミテーション」、いや「メタ・カジヒデキ」とでも言えばよいのでしょうか、見事なまでの「自分完コピ」具合に痺れます。

そいえば、90年代にも「メタ・カジヒデキ」というか、本人作による「カジ・イミテーション」は下記の作品あたりでも試みられていて、ショコラの「ブルーでハッピーがいい」とか、もう目茶苦茶よい曲なのです余。

ショコラ・ア・ラ・モード

ショコラ・ア・ラ・モード

la fraIse(ラ・フレイズ)

la fraIse(ラ・フレイズ)

んが、加藤紀子の奴はヤバイです。狙っている(メタ)のか、マジ(ベタ)なのか、とにかく「ゴダール満載」です。「はなればなれに」なんて曲名で150km超えのベタ直球を投げたり、「男の子はみんなハワードという名前なのね」では「男性女性」の間奏曲 by シャンタル・ゴヤを猛烈オマージュで「奪胎換骨」、歌詞も「街歩いてたら声かけられて、ふわふわ家に帰る」とか「わたしは考えている世界の平和やエコやイルカのこと」だとか、歌い手の加藤紀子の人格までも破壊しかねない大変なことになっています。しかし、こうして今回の根岸ソングを聴いて、「あぁカジくんは、ベタとメタを自由自在/縦横無尽に行き来できる超人」なのだなぁ、と思った訳なのです。この辺りが、メタベタ変身を自在にするには「筋肉が足りなかった小沢くん」とは全然違うのだなぁと、改めてカジくんの魅力を再認識した次第、なのであります。

ちなみに、僕はコレとかコレで書いているように、かなりなカジくんマニアであるので冷やかしではありません。ということで、根岸ソングでカジくんソングの良さに気付いた若者は、渋谷系ど真ん中な「ミニ・スカート」ではなく、敢えて以下のアルバムなんかから入ってみるのもよいでしょう。

A LONG WEEK-END

A LONG WEEK-END

NEW PRETTY

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